Feb 10, 2021

新しいブリューチャートの可能性(SCAの研究)

Specialty Coffee Association(SCA:スペシャルティコーヒー協会)の記事の中に、新しいブリューチャートの可能性を模索している旨の記事を見つけました。

ブリューチャートというのは、コーヒーの適正抽出について数値で示すものとして用いられているチャートで、従来はTDS(濃度)とPE(収率)の2軸だけでした。

そこに、3軸目を加えるという試みをしているという内容で、非常に興味深かったので翻訳してみたので、考察とともに述べていきます。

 

コーヒーというのは、ワインやビールといったものに比べてアカデミックな研究対象になりにくいらしいです。おそらくそれは成分の数が異常に多くて研究が非常に煩雑になり難易度が高いということと、多分ですけど、お金になりにくいということが要因となっているのでしょう。

ただ、1950年代のErnest Earl Lockhart博士による研究だけは非常に素晴らしい内容で、彼が作った当時のブリューチャートは今も使われています。

 

 

縦軸がTDS(Total Dissolved Solids)でコーヒーの濃度。コーヒーの液体の中に水以外の成分がどれだけ入っているか。Brix(糖度)を測ることで擬似的に濃度とすることもあります。
横軸がPE(Percent Extraction)もしくはEY(Extraction Yield)で収率。収率は
使用したコーヒーの粉から何%抽出されたのか、です。どれだけ効率よく成分を抽出したのかという指標とも言えます。

 

このチャートはTDSとPEをそれぞれ3つに分割することで、合計9つのエリアにコーヒーを分類して、どのような味わいになるのかを見事に指し示すことが出来るということで、プロフェッショナルも愛用するチャートになります。

たとえば、TDSが高ければ(濃度が濃ければ)強い味わいに、低ければ(濃度が薄ければ)弱い味わいになります。
また、PEが高ければ(たくさん成分を抽出できていれば/過抽出ならば)ビターな味わいに、PEが低ければ(あまり成分を抽出できなければ/未抽出ならば)Sour・Grassy(酸っぱい・草っぽい)な味わいになります。

 

ちなみに、TDSは糖度計などの測定機を用いて計測することが出来ます。
PEは計測したTDSにBrew Ratio(コーヒー粉と使用するお湯の比率)を掛け合わせることで求められます。
20gの粉に対して300gのお湯を使用した場合、Brew Ratioは15。
計測したコーヒーのTDSが1.3ならば、PEは19.5%になります。

 

そして、このチャート上の真ん中のエリアにある”Ideal-Optimal Balance”に入るような抽出ができたコーヒーが基本的には素晴らしい味わいになる、というのがこのチャートの指し示すことです。

*Ideal-Optimal Balance
-TDS:1.15〜1.35%
-PE:18〜22%

 

このチャートは1950年代に作られたものですが、未だに広く用いられているよく出来たチャートですが、現在のコーヒー業界の実態を反映していない部分も指摘されるようになりました。
どんな味がするのかということとどんな味を好むのか、というのは異なるということ。

次に、9つのエリアに分けられているが、ほとんどのバリスタは、たとえばPEが17.9%と18.1%の違いは捉えられないものの、エリア上では異なる味わいと表現されているということ。

 

そして、最も重要な点は、スペシャルティコーヒーの多様なフレーバーについて考慮されていないという点です。
WCR(World Coffee Research)やSCAが作るフレーバーホイールやフレーバー表には多くのフレーバーが記載されているにもかかわらず、それが考慮されていないということが記されています。

 

そこで、UC Davis Coffee Center, Coffee Science Foundation, Breville Corporationの3社で新しいブリューチャートの作成に取り掛かったようです。

 

検証方法は下記の通り。
・使用するのはホンジュラスのウォッシュドプロセスコーヒー1種
*画像内ではナチュラルと書いてありますがウォッシュドの間違いです
・焙煎度は3種類を用意(浅煎り/中煎り/深煎り)
・1焙煎度に対して異なる湯温で機械で抽出
・このときBrew Ratioは一定とする

 

こうすることで、いくつものTDS/PEのパターンのコーヒーを用意することが出来ます。
それらに対して、プロフェッショナルな方々に様々な味の評価をしてもらったとのことです。
コーヒーは従来のチャートでいうところの9つのエリアに入るように作っていて、それぞれ3種の焙煎度に対して1つの湯温、そして3つの湯温に対して1つの焙煎度、そして30種類のフレーバーについて、12人のパネリストで、すべて3回ずつ評価したとのことですが、ちょっと前半何言ってるかわからないです。
3種の焙煎度に対して3つの湯温ってことではないのかな?
まぁなんにせよ、そこで取れた味覚のデータは58000以上も得られたそうで、この評価システムの精緻さと審査された方々の能力の高さが窺い知れますね。

 

そして、それらのデータをTDS/PEの2軸に加えて、3軸目に色々なセンサリーの評価を追加してみたそうです。

たとえば、Intensity of bitterness(ビターの強度)。

従来のチャートのように底面にはTDSとPEがありますが、あらたに縦方向にBitterの強度という評価軸が追加されているのがわかります。
そして、それらを”Response Surface Methodology(RSM)”という手法を使って統計的に重要なトレンドを見つけ出してカラーリングさせて膜のようなものを作ったようです。
おそらく、統計的にBitterの強度として有意であるとされる値をつなぎ合わせたということだと思います。

 

New Brewing Chart(RSM)

これだとちょっとわかりにくいので、さらにそれを2次元のチャートに落とし込んだのが下図になります。

これは等高線を用いてBitterの強度を従来のチャートに落とし込んでいるようです。皆さんも見たことあると思いますが、等高線というのは地図などに用いられるもので、同じ標高をラインで繋いで高さを2次元で表現する手法ですね。
これを見る感じだと、Bitterの指標は右上に行けば行くほどに強くなっていくということがわかります。

これって、実は従来のチャートともほとんど同じことが言えていることです。
TDSが高くて(Strong)、PEが高い(Bitter)ので、BitterもStrongになる、というのは従来のチャートからも読み取れます。

したがって、新しく統計をとった最新のデータでもLockhart博士が作成したチャートが有効であるということで、本当に素晴らしいチャートなんだと言えます。
(すごすぎる…!!)

 

しかし、ここからが結構面白いチャートになってきます。

左上:”Burnt-wood/ashy”の強度
左下:”Sourness”の強度
右上:”Dark Chocolate”の強度
右下:”Sweetness”の強度

 

左上はほぼBitterと同じ反応で、TDS/PEが高まるほどに強度を増していきます。
焼けたような味わいが強まっていく傾向にあるということ。

 

左下はまさに従来のチャートが指し示している内容で、TDSが高く、PE(収率)が低いと、未抽出な濃いコーヒーなので、まさにSourな味わいになる傾向。

ここまではわりと従来のチャートに慣れ親しんでいる方々にとっては、なんとなくそうなるよね、というくらいのデータにしか過ぎないと思います。

 

しかし、右上の”Dark Chocolate”の強度は、PE(収率)は高いけどTDSは低いときのほうが強度が高まるというデータが出たらしいんですね。
ダークチョコレートのフレーバーなんて濃い目のほうが強く出そうなものなのに、TDS自体は低いほうが強く出てくるとのこと。
結構、個人的には驚きました。

 

そしてなんといっても、右下の”Sweetness”の強度。
なんと、TDSもPE(収率)も低いほうが甘さが強くなっていく傾向にあるとのこと。
結構驚く方が多いのではないでしょうか。
甘さを高めたいという場合にTDSを少し高くするとか、粒度を細かくするとか、っていう対応をしていた方は多いのではないかと思うのですが、統計的にはTDSも収率も下げたほうがよいとのこと。
今後の検証や味調整の方向性に新しい考え方を持ち込んでくれそうですね。

 

この記事の中では合計5つの評価項目しか紹介されていませんが、もっと多くのデータが取得されているのでしょう。それらのデータがまた紹介されるのを待ちたいと思います。

 

それでは、
最後に考察まとめといきたいのですが、
たとえば、この記事だけ見ると、甘いコーヒーを作ろうと思ったときに、TDS/PEそれぞれを低くなるようにコーヒーを作れば、たしかに甘いコーヒーにはなるのかも知れないが、決して”美味しい”コーヒーにはならないということです。

 

なぜなら、TDSが低くなった場合、従来のチャートが指し示すように”弱い(Weak)”コーヒーになります。また、PEが低くなると、”Sour/Grassy”なコーヒーになります。
甘さと引き換えに、濃度が低く、Sour/Grassyな味わいも強まるのです。
※SourとSweetnessが同時に高まるという点はとても興味深い

 

今回のように新しい知識や視点が持ち込まれたときに注意すべきなのは、それらにだけ意識が持っていかれて、そもそもの考え方を疎かにしかねないということです。新しいことが絶対に正しいのではなく、古い知識とどう融合させて活用できるのか、という視点で捉えるようにしたほうが有意義だと思います。
今回この記事で得た知識をもとにそれぞれが実際に試してみて、ご自身の経験に活かしてもらえたら嬉しいです。

 

そして、勘違いしてはいけないのはコーヒーというのは複雑に要素が絡み合って”美味しい”カップになるということ。
どこか一つの側面を切り取って、その部分だけを見て”美味しい”コーヒーが作れるようになるわけではないということを忘れてはいけません。

 

美味しいコーヒーは飲んだ人が決めることで、
それはきっと味だけで決まることではありません。

 

C O N T A C T 0 5

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